SSブログ

斎藤栄 1 [斎藤栄]

 今回は斎藤栄氏を取り上げたい。斎藤栄氏は1933年生まれ、西村京太郎氏は1930年生まれ、山村美紗氏は1931年生まれ、で同時代を生きている。江戸川乱歩賞ではお互いにしのぎを削る中であったのだろう。結果として西村、斎藤両氏は江戸川乱歩賞を受賞したが、山村氏は残念ながら受賞には至らなかった。とはいえ、3氏の活躍はご存じの通りである。斎藤氏が江戸川乱歩賞を受賞する前年の1965年(昭和40年)に西村京太郎氏が「事件の核心」(その後、「天使の傷痕」に改題して発行)で第11回の乱歩賞を受賞している。その時、斎藤氏の「愛と血の港」が賞の候補となっており、選者の講評では斎藤氏にも好評価ではあったが結局西村氏の受賞となっている。その翌年の1966年(昭和41年)、斎藤氏は第12回の江戸川乱歩賞を「王将に児あり」(「殺人の棋譜」に改題して発行)で受賞している。日本推理作家協会会報1966年9月号の受賞の言葉で、「四度目の授賞式」として西村氏の後背に甘んじた気持ちを含めた受賞に至る決意を述べられている。これらは江戸川乱歩賞全集⑥(講談社文庫)に収録されている。なお山村氏は3回乱歩賞の候補に挙がったものの、受賞できなかったが、1973年第19回の候補作「ゆらぐ海溝」は松本清張氏により翌年「マラッカの海に消えた」として発行されている。 斎藤氏は作家として独立する前は横浜市に港湾局に勤務していたこともあるため、西村さんや山村さんの小説ではお目にかかれなかった船舶電話や岸壁電話が登場する。これらはまた紹介しよう。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0